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建学の精神
報恩感謝
勤労奉仕 -
教育目標
知、徳、体の調和のとれた心身ともに
健康で人間性豊かな
有為な人材を育成する。
教育方針
- 学習内容を精選し、基礎的、基本的な学習の徹底した指導によって、学力の充実を図る。
- 生徒の適性、能力に応じたコースや科目の選択を通して、行き届いた進路指導を行うと共に、 実践的な学力を養成する。
- 挨拶の励行等、人間としてのマナー・礼儀を重視し、規律ある生活習慣と態度を身につける。
- 部活動、特別活動を充実させ、健全な身体と進取の気性を養う。
スクール・ミッション
01存在意義
建学の精神「報恩感謝」「勤労奉仕」のもと、「人づくり」の理念をもち、有為な人材を輩出してきた伝統をもつ私立高校
02期待される社会的役割
地域社会との関わりのなかで、様々な角度から物事を考え、自ら行動し、挑戦し続ける姿勢を育み、国内外の幅広い分野で活躍できる人材を育成する学校
03目指すべき学校像
「質の高い授業」「探究的な学びの実践」「課外活動の充実」により、生徒の多様な個性と能力を伸長させ、国内外の幅広い分野で活躍できる人材を育成することで地域社会から信頼される学校
スクール・ポリシーについて
01グラデュエーション・ポリシー(育成を目指す資質・能力に関する方針)
北越高等学校はこれからの予測不能な時代において、地域社会や国際社会といったコミュニティの中で、社会全体の幸せを実現するために、他者と協力しながら、自らを高め、進取の気性をもって行動できる人材の育成を目標としています。このことを踏まえ、次のような資質・能力を育むことを目指します。
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「礎」
あらゆる場面で人として成長していくために必要な力を育成します。
読解・・・文章を読み、理解する。資料を読み解く。
発信・・・自分の意見を持ち、他者に伝える。
自己肯定・・・自信を持ち、様々なことに挑戦する。 -
「共」
社会の一員として、多くの他者と関わっていくために必要な力を育成します。
傾聴・・・他者の話に耳を傾ける。
対話・・・他者を知る。自分を知ってもらう。
協働・・・他者と協力し、つくりあげる。 -
「探」
答えのない課題に向き合い創造していくために必要な力を育成します。
思考・・・様々な角度から物事を考える。
主体性・・・自分から行動する。
内省・・・活動を振り返る。自分の内面と向き合う。
02カリキュラム・ポリシー(教育課程の編成及び実施に関する方針)
- 各教科・科目においてICTを活用した授業で個々の学習状況を把握しながら基礎・基本の定着を図り、探究的な学びを通じて知的好奇心を喚起し、生徒が意欲的に学びに向かっていく中で多様な進路の実現を目指します。
- 体育祭や文化祭などの学校行事、研修旅行や、地域・大学などとの連携をはじめとする総合的な探究の時間を通じて、他者と協力しながら様々な課題に取り組み課題解決していく社会性を育みます。
- 部活動や地域活動などへの参加を奨励し、様々な経験を重ねていく中で視野を広げ、社会に貢献する意義を学ぶことを通じて、豊かな心を育みます。
03アドミッション・ポリシー(入学者の受入に関する方針)
- 基本的生活習慣が身についており、粘り強く物事に取り組もうとする意欲のある生徒。
- 社会の一員として、他者を尊重し、協働して物事に取り組む姿勢と行動力のある生徒。
- 好奇心を持ち、本校に入学後も様々なことに積極的にチャレンジする気概のある生徒。
北越の育てたい生徒像
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社会との関わりの中で、
自他の幸せと成長のために、
自ら行動できる人 -
変化の激しい時代を生き抜くために、北越高校は、地域や国を超えて活躍する人材を育成していきます。このような人材を育てるために、「礎」「共」「探」という3つの力を、学校生活を通じて、身につけていきます。

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「礎(Basis)」は基礎の「礎」です。
生徒が成長していくうえで、大きな原動力となる力を身につけます。KEYWORDS
「発信」
自分の意見を持ち、他者に伝える。「読解」
文章を読み、理解する。資料を読み解く。「自己肯定」
自信を持ち、様々なことに挑戦する。 -
「共(Empathy)」は共感力の「共」です。
多様化する価値観を受け容れ、社会の一員として、多くの他者と関わっていくために必要な力を身につけます。KEYWORDS
「傾聴」
他者の話に耳を傾ける。「対話」
他者を知る。自分を知ってもらう。「協働」
他者と協力し、つくりあげる。 -
「探(Quest)」は探求力の「探」です。
予測不能なこれからの社会において、答えのない課題に向き合うために必要な力を身につけます。KEYWORDS
「思考」
様々な角度から物事を考える。「主体性」
自分から行動する。「内省」
活動を振り返る。自分の内面と向き合う。
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理事長あいさつ
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理事長和田 晋弥
北越高等学校は、その前身となる北越商業学校を母体とし、昭和11年(1936年)に創立された学校です。学校創立は、和田喜一郎の発意によるものであり、今日の自分があるのは世の中のお陰であるとして、社会の御恩に報いたいとの熱き思いを、教育者であり後に初代校長となった髙橋林吉氏へ伝えたことに端を発しています。
この二人の創設者によって、当時の新潟市沼垂流作場に校舎が創建された本校は、建学の精神として「報恩感謝 勤労奉仕」を掲げ、戦前・戦中・戦後の困難な時代を乗り越え、若者の教育に当たってきました。戦後は北越商業高等学校として歴史を重ね、昭和59年の普通科設置を機に、校名を北越高等学校に変更し現在に至っています。
この間、昭和38年(1963年)には現在の新潟市中央区米山に校舎を移転し、平成22年(2010年)には現在の校舎に改築されました。その後も社会の変化に対応して、施設設備の近代化を図りつつ教育活動の充実に努めています。また令和4年9月には、鳥屋野潟の南西部に位置する敷地面積2万6,560平方メートル(8,048坪)の第二グラウンドに、新たに野球場が整備され、教育活動の一層の充実と生徒の活躍が期待されています。
このように、本校は幾多の変遷を経ながら今日まで、およそ3万5千人に及ぶ卒業生を社会に輩出してきました。多くの若者が本校を母校として巣立ち、建学の精神を体現するべく、多くの同窓が各分野で活躍しています。またこのことは、卒業生並びに在校生の大きな励みとなっています。今年度も443人の新入生を迎え、100人を超える教職員の指導の下、全校生徒約1300人が学業はもとより、部活動や生徒会活動などにも熱心に取組んでいます。
今日の社会は、年々変化の速さが増大しており、激しく変動する世界情勢の中で、日本社会も常に新たな対応が求められています。また急速に進む少子高齢化問題など、日本が直面している社会問題も顕在化しています。こうした時代の中にあって、新たな時代に向けた課題の解決には若者の力が必要であり、これまで以上に学校教育の果たすべき役割が重要になっています。
北越高等学校は有為な若者を育てることによって、社会に貢献することを目的として創立された学校です。社会の変化とともに次代を担う人材に求められる資質も変化しつつあり、本校卒業生も最近では8割近くが大学等へ進学する状況となっています。高校での学びは進路目標の達成だけにとどまらず、豊かな人間性を育み、グローバルな視点を持って社会の変化に柔軟に対応できる人材の育成が求められます。北越高等学校では、こうした社会の要請や学校としての使命を常に意識しながら、様々な環境変化に的確に対応する教育を実践することによって、今後も皆様のご期待に応えたいと考えています。
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校長あいさつ
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校長灰野 正宏
本校は昭和11年(1936年)、実業家・和田喜一郎氏と教育者・髙橋林吉氏によって設立されました。学校設立の目的は、前途有為な若者の育成を通じて社会に貢献することであり、爾来、幾多の変遷を経ながら、今年で創立88年目を迎えています。現在の全校生徒数は約1,270名であり、県内最大規模の高等学校として、若者の育成と社会の発展に大きな役割を果たしています。
設立は商業学校としてスタートしましたが、時代の変化と社会の要請に応えるため、普通科を昭和59年(1984年)に設置し、平成18年度(2006年度)には商業科の歴史に幕を閉じました。しかし、時代がいかに変化しようとも、本校の教育活動の根幹にあるものは、「報恩感謝」「勤労奉仕」の建学の精神であり、その目的は、感謝と利他の心を持って社会に貢献する若者を育てることに変わりありません。現在は、生徒の多様な進路を実現するため、普通科の2コース(インターナショナル特進コース、総合進学コースをさらにアスリート・進学・進学選抜に分割)を設置し、教育活動の一層の充実に取り組んでいます。
私たちを取り巻く社会は、急速に進展する情報化や国際化によって、めまぐるしく変化しています。こうした社会に生きる若者が、責任ある選択によって主体的に行動するためには、多角的な視点から物事の本質を見極め、粘り強く考える態度が求められます。また、複雑化する社会の中で、新たな課題の発見とその解決に取り組むためには、他者との協働が欠かせません。そのためにも、他者の意見を傾聴する態度、世界に視野を広げた価値観と異文化の理解、コミュニケーション能力の向上が必要なことは言うまでもありません。
本校では、こうした若者に必要とされる資質・能力の育成を目指して、確かな学力を養成するとともに、多様な学校行事や特色ある教育活動を展開しています。昨年度は、3年間のコロナ禍を経て再び海外研修旅行を実施するとともに、平成29年度から実施していた留学生派遣制度も再開しました。この制度は、国際的な視野を持って活躍する人材の育成を目的に、学費を学校が全額支給し、約1年間アメリカ・オレゴン州ポートランド市の高校へ生徒を派遣する留学制度であり、これまでに5名の生徒が海外留学を経験しています。また、盛んな部活動は本校の伝統、特徴の一つです。令和5年度は、ソフトテニス部男女・剣道部女子・バドミントン部男子・レスリング部男子がインターハイに出場し、男子バドミントン・ダブルスでは準優勝を果たしました。またラグビー部も全国大会(花園)に出場しました。この他にも多くの運動部が北信越大会出場や県大会上位の成績を残しています。また、書道部門で県代表として全国高等学校総合文化祭に選出されるなど、文化部も熱心な活動を行っています。
このように本校では、学習や部活動、生徒会活動などに熱心に取り組む生徒の姿が学校全体に活力を与え、生徒同士が自信と誇りを持って高校生活を過ごすためのエネルギーとなっているのです。
沿革~北越高等学校の歴史と歩み~
昭和
昭和10年3月 | 新潟市の実業家和田喜一郎及び髙橋林吉氏の間で本校設立の議起こる。 |
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昭和11年3月 | 文部大臣より修業年限3ヶ年の乙種商業学校設置の認可。 新潟師範学校の元専攻科教室等の一部を仮校舎と定め、生徒定員300名を以って開校。 |
昭和11年3月 | 髙橋林吉、校長に就任。(~昭和43年11月) |
昭和11年4月 | 新潟市流作場字小島に新校舎落成。移転完了。 |
昭和11年7月 | 文部大臣より修業年限2ヶ年の研究科併置認可。 |
昭和15年8月 | 文部大臣より修業年限5ヶ年、生徒定員500名の甲種商業学校併置認可。 |
昭和16年3月 | 文部大臣より本校設立者を、財団法人和田徳伝会に名義変更認可。 |
昭和17年3月 | 戦時非常措置法により、修業年限4ヶ年の北越工業学校に変更認可。 |
昭和19年3月 | 北越工業学校廃止、北越商業学校に復帰認可。 |
昭和21年3月 | 学制改革により北越商業高等学校を設置。 |
昭和21年4月 | 新潟市米山地区の現在地に移転。(5月16日) |
昭和38年5月 | 桑原嵯峨雄、校長に就任。(~昭和45年7月) |
昭和42年11月 | 小林誠、校長に就任。(~昭和50年10月) |
昭和45年8月 | 土田正二、校長に就任。(~昭和59年3月) |
昭和59年4月 | 普通科4学級を新設。 学校法人北越高等学校発足。 平出鉄次、校長に就任。(~平成3年3月) |
昭和61年10月 | 創立50周年記念式典挙行。 |
昭和62年4月 | 普通科5学級、商業科6学級に変更。 |
平成
平成3年4月 | 普通科6学級、商業科5学級に変更。 丸山哲男、校長に就任。(~平成7年3月) |
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平成6年4月 | 商業科を改組し、情報会計科1学級、国際経済科4学級を新設。 |
平成7年4月 | 本間巖、校長に就任。(~平成15年3月) |
平成8年4月 | 商業科を情報会計科1学級、国際経済科3学級に変更。 |
平成8年10月 | 創立60周年記念式典挙行。 校舎改築期成同盟会発足。 |
平成13年4月 | 商業系を情報経済科の1学科に統合。 普通科7学級、情報経済科3学級に変更。 |
平成15年4月 | 鈴木厚生、校長に就任。(~平成24年3月) 普通科に普通コース・特進コース・スポーツコースの3コース制を導入。 |
平成17年4月 | 情報経済科募集停止。 |
平成18年11月 | 商業科閉科式挙行。 |
平成19年5月 | 新校舎建設工事開始。 |
平成20年4月 | 新校舎教室棟完成。 |
平成21年6月 | 体育館、北越ホール、部室棟完成。 |
平成21年12月 | グラウンド、テニスコート等完成。 |
平成22年5月 | 創立70周年・校舎改築竣工記念式典挙行。 |
平成24年4月 | 木村宗文、第九代校長に就任。(~平成26年3月) 特進コースを「Int.特進コース」に変更。 海外研修旅行実施。(オーストラリア、シンガポール、グアム) |
平成25年8月 | 「北越会館」建設工事開始。 |
平成26年3月 | 「北越会館」完成。 |
平成26年4月 | 鈴木厚生、第十代校長に就任。(~平成30年3月) |
平成27年8月 | 全教室に電子黒板設置。 |
平成28年4月 | 総合進学、Int.特進コースの2コース制を導入。 |
平成28年10月 | 創立80周年記念式典挙行。 |
平成29年9月 | 海外派遣留学制度開始。 |
平成30年4月 | 加藤寿一、第十一代校長に就任。 |
令和
令和2年3月 | 第2グラウンド建設工事開始。 |
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令和4年9月 | 第2グラウンド野球場竣工。 |
令和6年4月 | 灰野正宏、第十二代校長に就任。 |